稲井法律事務所

ご質問・ご相談

医療過誤における因果関係

Q 医療過誤などの損害賠償では過失と損害(死亡)との間にどの程度の因果関係があればよいのでしょう。

 A 最高裁昭和501024日は、ルンバールショック事件で「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常ひとが疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それでたりる。」としました。
 又不作為に関しても最高裁平成11225日は「経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。」としました。

 数字で表すとするといわば75%以上の関係があれば高度の蓋然性があったとされ慰謝料だけでなく逸失利益も請求できます。

Q そこまで行かない場合、因果関係がないとして全く認められないのでしょうか。
救命自体は難しいが医師が適切な処置をしていたならば延命できた場合はどうでしょう。


A 最高裁平成12922日は突然背中の痛みを感じて救急外来として受診した患者さんが点滴中に容体が急変し、急性心筋梗塞で死亡した事件で「死亡との因果関係が証明されなくても適切な医療行為がなされたならば、その死亡の時点においてはなお生存していた相当程度の可能性があるときは賠償責任が生じる。」として逸失利益は認めませんでしたが慰謝料は認めました。つまり関係がいわば50%以下であれば責任が認められませんが50%~70%程度の可能性があれば相当程度の可能性があるとしたのです。

Q それではその程度の因果関係もない場合全く請求できないということでしょうか。

A 最高裁平成23225日判決は、いわゆる期待権の侵害についての判決です。左下肢深部静脈血栓症が残った事案で必要な検査を行わなかった、専門医に紹介しなかった点を争ったのですが「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に医師が患者に対して医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるものであるところ、本件はそのような事案でない。」として請求を棄却しました。著しく不適切かどうかについては判例の積み重ねが必要です。最高裁平成12922日判決は相当程度の可能性の判例ですが、突然の背部痛で病院に来た患者に診療当時心筋梗塞が相当に増悪した状態なので必要な検査やニトログリセリンの舌下投与等初期治療として行うべき義務を怠ったとして期待権が侵害されたという表現を用い200万円の慰謝料を認めています。