Q よく、医師の注意義務違反が問われるのは、医療水準に反したときだといわれるようですが、どういうことですか。
A 最高裁昭和36年2月16日判決は、医師の注意義務について次のように言っています。「いやしくも、人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照らし危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのは、已むを得ないところといわざるを得ない。そして右注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である。」
そして、具体的に医療水準に踏み込んだ判決が、未熟児網膜症に対する光凝固療法を争った平成7年6月9日の最高裁判決ですが、医師の注意義務の程度として診療当時の臨床医学の実験における医療水準により判断するとし、この医療水準は、それぞれの医療機関に相応しいと考えられる医療水準であり、大学病院なのか専門病院なのか、綜合病院なのか、救急医療施設なのか、診療所なのか、や地域により医療水準が異なってくるとしました。そして、新規の治療方法については、それに関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することが相当と認められる場合には、当該医療機関の医療水準だ、としました。
Q わかりました。学会の出しているガイドラインは医療水準になるのでしょうか。
A 勿論なります。但し、ガイドラインが出ていない場合、未だ医療水準でないかというとそうではありません。ガイドライン作成には長期間かかり、それまで類似の論文がたくさん出るケースがあり、平成21年11月25日大阪地裁判決(判例タイムズ1320号198頁)は、平成12年に起こった整形外科の事件(除圧幅が争点)でそれに関する論文は、平成17年に発表された「頸椎縦靱帯化症診療ガイドライン」以前から沢山あったとしてガイドラインの基準を平成12年の事故に適用しています。
Q 医師の間に広まる良くない慣行も、医療水準だから止むを得ないということになるのでしょうか。
A そうではありません。例えば、米国では感染症の場合、必ず菌を特定して、それに合った抗生剤を投与することになっているのですが、日本では第三世代セフェム系の抗生物質等を、菌を特定せず感受性テストなしで次から次へ与えることがあります。そうすると、MRSAという抗生剤に耐性を持った菌が出現し、それが原因で敗血症で死亡する事件が沢山あります。
最高裁平成18年1月27日は、そうした事件を扱いましたが、日本では次から次への抗生剤を変えて投与する(血液培養の時間がかかる等の理由)ことが医療現場において一般的であるからと言って、それが医療水準ではない。感染症の原因となっている細菌を正しく同定して適切な抗生剤を投与すべきだとしました。
医療現場で一般的に行われていても、合理性をもったものでなければならない、ということです。