1 民事信託とは
法律的に信託と言えば、一般の人は「投資信託」のようにお金を信託銀行に預けて運用することを連想すると思います。このような信託銀行等が営業として行う商事信託等が営業として行う商事信託とは別に、一般人でも信託制度を利用し易くするよう平成19年に「信託法」が改正されました。「民事信託」とは、この改正信託法によって定められている「商事信託以外の信託」を総称します。要約して言えば、「委託者」がその所有する財産(不動産、金銭、株式、事業等)を信託行為(信託契約、遺言、公正証書等による信託宣言)により、「受託者」に対してその財産の所有権を移転し、信託行為で定めた一定の目的(信託目的)に従って、受託者がその財産を管理・処分し、その収益等を「受託者」に渡すという関係を言います。
信託の原型は、十字軍の遠征に行く兵士がその所有する財産を信頼する友人に預け(名義を変更)、友人がその財産を管理・運用して得られる収益を兵士の家族に渡すことから始まったと言われています。
商事信託は信託業法により種々の規制がされていますが、民事信託は、受託者が営業として行わない限り信託業法の適用を受ける事はなく、そのことは受託者が法人であっても同様です。
2 民事信託の仕組み
民事信託では、委託者がその所有財産を受託者名義に移転し、受託者がその財産を管理・運用・処分して、その財産から得られる収益等を受益者に分配します。委託者(A)と受益者(B)、受益者(C)は、それぞれ別人であってもよく、AとB、AとCがそれぞれ同一人であってもよく、また、BとC、更にはABCが同一人であってもよく(但し、BとCが一年間同一のときは信託終了の原因となる)、さまざまな形態の民事信託を設計することが可能です(仕組みの詳細や信託条項の具体例は、遠藤英嗣著、日本加除出版刊「新訂 新しい家族信託」が詳しい)。
3 民事信託の利用例
現在の法制度では「遺産を妻Aに相続させたうえで、Aが死んだら長男Bに相続させる」という跡継型の遺言は、AからBへの部分が無効とされていますが、民事信託では「Aを当初の受益者とし、Aが死んだらBを受益者とする」という受益者連続型の信託が可能であり、これを利用すれば跡継型の遺言と同様の効果が得られます。又、自分の財産で家族を養っている人が将来認知症になって意思能力を失った場合に、現在の成年後見制度では成年後見人制度では成年後見人が認知症の人のためのみの管理行為しか出来ない仕組みになっているので、自分が認知症になった後でも財産を家族のために利用できるように受託者に財産を運用してもらうという民事信託を設計することも可能です。その他、遺産であるビルを分割せずにその収益を相続人達に分配するための民事信託。障害者の復氏のための民事信託、自分自身の福祉のための民事信託、将来に亘って少しずつ財産を子供達に贈与するための民事信託、ペットの面倒を見てもらうための民事信託等々、様々な利用例が考えられています(河合保弘著、日本加除出版刊「民事信託超入門」には、具体的な21の活用例が紹介されている)。
4 課税関係
民事信託では財産の権利が移転するので課税関係が発生します。日本の税制は、名義や契約形態に関係なく実際に利益を受ける者に課税される仕組みになっているので、受託者には課税関係が発生しないのが原則です。しかし、受益者には、信託設定と同時に贈与税が課される場合もあります。その課税関係は複雑ですので、実際に民事信託を行うときには税理士等の専門家の助言を受ける事をお勧めします。