稲井法律事務所

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遺産分割前の預貯金の払戻し方法について

    遺産分割前の預貯金の払戻し方法について

1 はじめに
 被相続人が亡くなってしまった場合、その預貯金口座は凍結されてしまい、引き出せなくなってしまいます。凍結を解除するためには、遺言書がない場合には、遺産分割を行う必要ありますが、協議がまとまらない場合には調停や審判を経なければならず、長期間に亘って凍結を解除できない場合もあり得ます。遺産分割協議の間に、葬儀費用や相続税の支払いのほか、日々の生活費の支払いが必要になる場合もありますが、被相続人の預貯金から自由に引き出して支払うことはできないのです。共同相続人全員の同意が得られれば引き出すことも認められますが、遺産分割協議で揉めている中では、同意が得られないことも少なくないでしょう。
 この場合の対処方法は、以下の2つが考えられます。
2 民法909条の2に基づく預貯金債権の行使
(1)かつては、預貯金債権は、可分債権であり、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となると解され、単独で行使する余地もありましたが、平成28年12月19日の最高裁判所大法廷決定により、従前の判例が変更され、預貯金債権が遺産分割の対象に含まれることになり、遺産分割までの間は、共同相続人全員の同意が得られなければ、単独で権利を行使することが出来なくなりました。しかし、遺産分割協議成立までの間の当面の生活費を工面するために、預貯金の払戻しを行う必要性もあるところです。
 そこで、平成30年の相続法改正により、民法909条の2に基づく預貯金の払戻しは、家庭裁判所の判断を経ないで、直接、金融機関に対して請求することができます。ただし、払出し可能な金額は決まっています。
 具体的には、各預貯金債権の額の3分の1に、払出しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた額であり、上限額は、金融機関ごとに150万円とされています(平成30年法務省令第29号)。手続きや必要書類は、金融機関によって異なる場合もありますので、事前に確認する必要があります。実際に払い出されるまでの期間も、金融機関によって異なるようであり、数週間で実行される場合もあれば、2ヶ月程度かかる場合もあるようです。
3 審判前の保全処分(仮処分)
 (1)民法909条の2に基づく預貯金の払戻しは、上記のとおり、上限額が定められております。これを超えて、遺産分割前に預貯金を払い戻す必要がある場合は、家事事件手続法200条3項の審判前の保全処分として、仮分割の申立てを、家庭裁判所に行う必要があります。
 (2)この仮処分を申し立てるにあたっては、前提として、遺産分割調停または審判を申立てている必要があります。また、権利行使の必要性や、他の共同相続人の利益を害しないことが要件として必要となります。
 上限額の規定はありませんが、裁判官によって、上記の必要性等の要件が、ある程度、厳格に判断されることになります。また、仮処分の審判にあたっては、他の共同相続人から意見を聴取するものとされています(同法107条本文)。
 (3)保全処分は確定しなくても審判を受ける者に告知することによって効力が生じるとされているため(同法109条2項、74条2項本文)、審判書正本が送達され次第、これを金融機関に持参し手続を行うことができます。