退職後の競業避止・秘密保持
会社の取締役や有力な従業員が、会社を退職した後、在職中に取得した特殊な情報及び営業のノウハウ並びに特殊な技術を利用して、別会社を設立したり、競争関係にあるライバル会社に就職したりすることが、最近ではしばしば見られます。
このような退職者の項を違法行為として、差し止めたり、損害賠償の請求ができるのかが問題になります。
我国の法律では、取締役などには、明文をもって、いわゆる在職中の競業避止義務を規定し(商法264条、266条)。会社と同種の業務を行い、会社に損害を与えるような行為をすることを禁止しています。その他、雇用関係にある従業員についても、雇用関係が継続する間は、その契約上の義務として使用者に対し、競業避止義務を負うといわれています。
問題は、退職後においても同様の義務を負うかという点です。この点については、判例も通説も、原則的には、退職後は右のような義務を負うことはなく、当事者間で特約がなされた場合に、しかもその特約が合理的な範囲内のものである限り、退職者を拘束するとしています。
判例で問題になったのは、金属鋳造会社Aにおいて、入社10年以上で営業部門を担当していたXと研究部門担当Yが同時期に退職し、A社のライバル会社であるB社に就職したという事例です。この事例では、A社とXY間には、①雇用契約存続中、終了後を問わず、業務上知り得た秘密を他に漏洩しないこと、②雇用契約終了後2年間は、A社と競業関係にある一切の企業に直接にも間接にも関係しない、との特約があり、この特約にもとづいて、A社が、XYがB社に就業することの差し止めを求めたものです。これに対して、裁判所は、この特約が合理的か否かん判断については、この事例では、制限期間が2年と比較的短いこと、制限の対象が金属鋳造業と比較的狭いこと、在職中にXYが、機密保持手当をA社から受領していたことなどを比較考量して、右特約の効力を有効とし、A社の差し止め請求を認めました。
また、従業員と会社側で特別に特約を結ぶという場合と違い、会社の就業規則の中に、一定の年数に限って退職後の競業避止義務を規定している場合にも、これに違反して会社に損害を与えた場合には、前記特約の場合と同様に会社から退職者に対する損害賠償請求を認めた判例もあります。
このように、会社側からすると、退職者に、競業避止・秘密保持義務を課そうとする場合は、特約を結ぶか、集合規則に規定しておくことが必要でしょう。ただ、特約や就業規則がなくても、退職者の行為が、信義に反するような場合は、不法行為として、退職者に損害賠償請求ができる場合があります。