稲井法律事務所

ご質問・ご相談

借家の原状回復義務

Q アパートを明け渡すについて、大家さんは「部屋の中の壁紙を貼り替え、畳を新しく入れ替えて、借りた時と同じ状態にして明け渡してもらいたい」と言うのですが、そこまでしなければなりませんか。

A 通常の場合にはそこまでする必要はありません。法律では、賃貸借契約が終了したときは借主は借りた物を現状に復して返す義務(これを原状回復義務と言います。)があると定められており、この原状回復義務の内容につき、裁判所では「通常の使用により自然に損耗毀損する部分については、(その復旧に要する費用は当然に賃料に含まれているので)その復旧を借主が行う必要はない。」と考えています。

  但し、自然損耗ではなく、故意又は不注意で傷つけてしまった部分については借主が修繕する義務があります。従って、その部分については借主が費用を負担する必要があります。

  ですから、借主としては、入居した当時と比較して壁紙が色褪せていたり、畳が古くなっていたとしても、それが自然の状態でそのようになったのであれば、借りた時と同じ状態にする必要はありません。

Q 契約書で「退去するときには当初契約時の原状に復旧させるものとする」と書かれている場合はどうですか。

A このような条項が問題となった訴訟で、裁判所は「この契約条項は一般的な原状回復義務を定めたものに過ぎず、借主が通常の使用による減価も負担する旨は規定していない」として自然損耗部分については借主の負担から除外しています。

Q 契約書で原状回復義務について借主の負担が重くなるような条項を定めてもその条項は無効となると考えてよいのですか。

A そうではありません。上記の訴訟で、裁判所は「通常の使用による減耗も賃借人の負担で修復したいのであれば、契約条項で明確にそのように定めて、賃借人の承諾を得て契約すべきである」(大阪高裁平成12年8月22日判決)と述べており、別の訴訟で、「退去時に、畳表の取替、襖の張替、クロスの張替、ハウスクリーニングの各費用を借主が負担する」という特約を有効とした裁判例もあります。

Q どのような場合に特約条項が有効とされるのですか。

A 国土交通省住宅局が制定した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(改訂版)」によると、借主に特別の負担を課す特約の要件として、①特約の必要性があり、かつ暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること、②賃借人が特約によって通常の原状回復義務を越えた修繕等の義務を負うことについて認識していること、③賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること、の3つを挙げています。

Q アパートの賃貸借とビルの事務所の賃貸借とでは原状回復義務の内容に違いがありますか。

A 基本的には違いはないと言うべきですが、個人が借主の賃貸借の場合には、消費者契約法という法律の第10条で「消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって民法に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効とする」との規定により事業者が借主の場合よりも保護されていると考えられます。